高野山麓の伝統生地と、新たな感性が織りなすファブリック
触れずとも感じる気品。触れるとさらに独特の重厚さと柔らかな手触りに魅了される。温かくやさしい風合いを備えた毛並みが織りなすパイルファブリック。その日本一の生産地は、空海が開いた聖地高野山の表玄関として栄えた橋本市高野口町にある。綿花を栽培していた江戸時代に幕府に献上されていた川上木綿と、明治時代の綿布を起毛させた川上ネルをルーツに生まれたパイル織り。やわらかで良質な紀の川の水と共に発展したその世界は、知るほどに奥深い。
歴史と技術が織りなす、最高峰のパイル織り
毛の生えている織物や編物を総称してパイル織物と言います。丸編みのフェイクファーや、ループ状に編んだ毛先を刈り込んで毛羽にしたベロア、経編機(たてあみき)で二枚合わせで編むダブルラッセルもパイル織物。他にはモール糸で織った再織や、ベルベット、シール織、モケットなどのダブル織などがあります。うちでは2枚合わせで織るダブル織機を使用したベルベットを得意としています。
昔の手織りのビロードを織る手法を機械で再現した、有線織機も稼働しています。有線織機は針金を一緒に織り込んで、ループパイルやカットパイルを形成する特殊な一枚織の機械です。この織機で織られた織物は金華山織りとも呼ばれ、現在、椅子生地や服地を織る有線織機が稼働しているのは日本では弊社だけとなってしまいました。国会の本会議場の椅子生地などはこの機械でなければ織ることができません。ベルベットは通常の織物と違って、立体構造の織物でボリュームのある生地と、毛並みの方向で光沢が変わるのも魅力の一つです。
水の恵みがあってこそ
毛が生えているものはたくさんの水で染めて泳がせるような染色をしないと風合いが悪くなってしまいます。なので、普通の染色と違って水をたくさん使うんです。このあたりは紀の川の伏流水が豊富なので、もともと5〜6m掘ったらいい軟水が出てくる。まさに水の恵みあってこそ続いてきた産業です。
うちでしかできない染色や加工もたくさんあります。例えば、ベルベット専用の染色方法であるスターフレーム染色は、拡布のまま反物の耳部分を針が出ているフレームに引っ掛けて巻き付け、そのまま染色釜に入れ、振りながらシワを付けずに染める染色方法です。私が子供のころは、朝から地元の染色工場各社が場所取りをして、紀の川の河原に色とりどりの生地が干されていました。
高級素材を身近に感じてもらいたい
「何か新しいことをやりたい」という想いの中に、やはり最終商品を作りたいというのがありました。当時、ここの産地で最終商品というと毛布ぐらい。それも百貨店に入る贈答用のものだったので、最初から売値が決まっているんですよ。それなら自社で何かブランドを作ろうと立ち上げたのが「Taenaka No Nuno」でした。
最高級のパイル織物を身近に感じてもらうため、バッグやアクセサリー小物など、普段使いしやすいアイテムを作りました。あえてタグを前面に出したデザインは、僕らにしたら邪魔やなと思ったりしますが、若い人には好評です。珍しい織物で作られてたことを認めていただき、2020年の東京ギフトショーで、LIFESTYLE×DESIGNアワードの「ベスト匠の技賞」を受賞しました。また、4年前から東京都白金の庭園美術館のリニューアル時に採用いただいたのを期に、箱根のPOLA美術館や、神戸市立博物館、東京都美術館などのミュージアムショップでも採用していただいています。和装との相性にも期待したいところです。
世界的ブランドと肩を並べるのが夢
僕はちょうどバブルが終わった時に戻ってきたので、ものを作れば儲かっていた時代を知りません。でもここは可能性のある産地だと思っているんです。車のシートに使用されていたモケットは最盛期のバブル以降、この10年前にはほとんど生産されなくなってしまったけれど、現在主力商品の一つの液晶パネル用ラビングクロスは、そのノウハウや、品質管理が役に立っています。普通の平織りとは異なり、パイル織物の立体構造はいろんな用途になりうる可能性があるし、プリントや仕上げ加工、染色での技術には無限の可能性がある。産業資材としての可能性も高いと考えています。
この地域の機屋(はたや)さんも各々が得意分野で特化して棲み分けができているので、それぞれの分野で夢を持って支えあっていけたらいいと思っています。今後は新しい柄やアイテムもどんどん作っていきたいですし、夢は大きく、イタリア、フランスの有名ブランドに「Taenaka No Nuno」が並ぶことですね。
妙中パイル織物 株式会社常務取締役 妙中正司さん
少ない有線織機や最新のベルベット織機を駆使し、特殊な金華山織りや、ベルベット、モケットなど最高級のパイル織物を製造。
国内外の高級アパレルブランドの服地や国会議事堂の椅子生地、新幹線などの列車のシート、電子材料用のクロスなど幅広いパイル生地を手掛けている。織りだけでなく染色からプリント、仕上げ加工まで、全てを自社で一貫製造しているのは唯一。
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