「金山寺味噌」150年余りの味わいを繋ぐ若き当主
湯浅町湯浅伝統的建造物群保存地区。江戸時代からの街並みが残る、時が止まったような通りの一角に、150年余りの歴史を刻む「太田久助吟製」はある。江戸後期に創業した醤油蔵で、今は金山寺味噌を専門とする。6代目当主・平野浩司さんは、異業種から先代に弟子入りし、現在は夫婦で伝統的な金山寺味噌の味わいを残そうと奮闘している。サラリーマンから職人へ。若手職人はひたむきにチャレンジを続けている。
湯浅名産のおかず味噌「金山寺味噌」
鎌倉時代に伝来したと言われる醤油と金山寺味噌。ここ湯浅は、醤油や味噌を醸造しやすい温暖な気候と良質な地下水に恵まれ、蔵の町として栄えました。江戸時代には92軒もの醤油蔵があったと言われています。同店も1873年、醤油の醸造元として暖簾を掲げ、戦後を境に金山寺味噌専業の製造元となりました。金山寺味噌とは、米や大豆、茄子、生姜などの具材を刻んで入れた「おかず味噌」で、和歌山県ではご飯のお供として日常的に食されています。
「あまりにも惜しい」その一念で150年の蔵を継ぐ
現在の当主、平野さんは6代目。5代目当主・太田庄輔さんの娘婿です。結婚当時は蔵を継ぐことは「一切頭になかった」という平野さん。小売業のサラリーマンとして、責任ある役職につき、20年近く各地を飛び回っていました。太田さんも娘夫婦に継承させたいとは思っておらず、そのうち自然な形で店をたたもうと思っていたそうです。
しかし、実際に太田さんが商売を縮小させている姿を見た平野さんの中に「あまりにも惜しい」という気持ちが湧き上がってきたと言います。湯浅は平野さんの地元でもあります。幼い頃から親しんできた名店の味。「縁があって家族となったからには、私が継ぐという選択肢もあるのではないかと。もう少し長く伝統の味を残せれば」。もともと新しいことにチャレンジするのが好きなタイプでもあり、太田さんへの弟子入りを決心しました。
若き6代目の奮闘
「修業中も先代は非常に優しかった」と振り返る平野さん。「大事なところ、しんどいところほど『俺がやっとくわ』と。優しい職人気質の人だったんです」。しかし弟子入りしてほどなく、太田さんが急逝してしまったのです。平野さんはまだ太田さんに教わっていないことがありました。
「太田久助の味」を作るために、試行錯誤の日々が始まりました。教わった基本に忠実に、先代・庄輔さんのメモを見たり、ずっと傍らで手伝ってきた義母の加壽代さんにコツを聞いたり。突然引き継ぐことになった「当主」の役割。立派に果たそうと奮闘する平野さんを、妻の智子さんと加壽代さんが支えています。
金山寺味噌づくりは温度管理が肝
金山寺味噌は発酵食品。肝は温度管理だと平野さんは考えています。金山寺味噌の麹作りの期間は約3日。その間、細かく温度や撹拌(かくはん)の具合を調整し、手触りを確かめていきます。発酵の作業は手作業で、1日約5時間、米や材料を混ぜ続けます。「かなりの重労働。しかし一心に取り組んでいるうちに、『これで完成』というサインがわかるようになりました」と平野さんは微笑みます。
金山寺味噌を発酵させるのは「麹菌」。古い蔵には壁や屋根一面に、「蔵つき酵母」と呼ばれる、その蔵独自の酵母菌が住み着いています。「この辺りでは、屋根をリフォームすると醤油や味噌の味が変わると言われるんですよ」と平野さん。
気温30℃ぐらいで活発に動く菌であるため、発酵期間は夏は約60日、冬は約90日。冬場は蔵の中で練炭を焚き温度を上げています。
太田久助流を守り新しいチャレンジも
金山寺味噌の中に入れる具は、米、大豆、裸麦、白瓜、丸茄子、しそ、生姜。これらの野菜を手作業で、少し大きめにカットするのが「太田久助」流。シャキシャキとした食感で食べ応えのある金山寺味噌に仕上がります。湯浅では金山寺味噌を家庭で手作りする人も多く、特に夏野菜のとれる7月~8月は、自家製金山寺味噌を作るための金山寺味噌用の麹がよく売れるのだとか。
ご飯のお供や酒の肴のほか、和歌山では郷土食である茶粥に添えられることも多い金山寺味噌。平野さんのおすすめは「温かいご飯はもちろん、福神漬けのようにカレーに合わせて食べるのも趣深い味わい。またお豆腐にもよく合います」と話します。
また湯浅町湯浅伝統的建造物群保存地区の一角にある同店は、蔵自体が建築物として高い価値があります。耐震補強を行うなど、歴史と伝統を残すための保全にも力を入れています。
そして、新当主の新しい取り組みとして、通販サイトを整備。今までは電話やFAXのみで注文を受け付けていましたが、インターネットで注文できるようにしたところ、注文の8割が関東からだったそう。「和歌山県外にもファンがいてくれるのだと、驚きとともに非常に嬉しく感じました」。
指名買いされるような金山寺味噌を
湯浅随一の観光スポットにあるため、地元の人だけでなく、国内外の旅行客やメディアも多く訪れます。古き良き佇まいはおおいに喜ばれ、記念写真を撮ったり「建物も金山寺味噌の味も残してくれてありがとう」とお礼を言われたりすることも多いのだとか。
平野さんの小売業での経験を生かして、スーパーや百貨店、道の駅、産直市場などにも販路を広げている同店。同時に「金山寺味噌なら何でもというわけではなく、『太田久助』の名前で指名買いしてもらえるような金山寺味噌を作っていきたい」と職人魂を燃やしています。「麹という生き物相手なので、非常に奥深いなと。まだまだ若輩ですが、道を突き詰める魅力は、これから私にもわかってくるのかなと思っています」と謙虚に締めくくりました。
太田久助吟製「太田久助吟製」
6代目当主・平野浩司さん
湯浅町出身。小売店でキャリアを積んでいたが、妻の実家である150年以上の歴史ある醤油蔵「太田久助吟製」の閉店を惜しみ自らが継ぐことを決意、弟子入りする。先代からの手法を守り、手作りにこだわった金山寺味噌づくりを受け継ぐ。通販サイトのオープンなど新しい取り組みにもチャレンジする若き職人。
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