熊野本宮に伝わる門外不出の“ないしょもち”「釜餅」
平安貴族が秘境熊野に現世浄土を求めたことに端を発する熊野古道。長い道のりを一歩ずつ踏みしめながら魂の癒やしを求めて人々が目指した熊野三山のひとつが熊野本宮大社。そのお膝元に工房を構える「熊野鼓動」に伝わるのは、地域で密やかに守られてきた秘伝の味を受け継ぐ名物「釜餅」だ。口伝えが繋いだ製法は、他にはない食感と味わいをつぶさに再現している。かつて古道歩きの旅人をもてなした「山祝餅」の元とも言われる釜餅。その味わいは、優しく心に染みわたる。
独自の味と食感はおばあちゃん直伝
餅を搗く際、普通は米を蒸しますよね。この辺りでは米を炊いて作っていたんです。昔は餅米は貴重なもの。各家庭だけで少しのもち米をこっそりと食べられるよう、普通の米のように炊いてお餅を作っていたんです。このことから、この餅は「ないしょもち」と呼ぶ人もいたそうです。蒸すと粘りが出ますが、炊いて餅米の粒感を程よく残しながらすりこぎで搗くことで、お米本来の風味がしっかりと味わえるんですよ。
この作り方は全て地元のおばあちゃんから教わったものです。ご飯が炊きあがり、搗きにはいる時には「おいしくなりますように」と一言。これが大事ということも85歳のおばあちゃん直伝です。ちなみに大きな鍋を使うあんこ炊きは力仕事なため男性の仕事と、おじいちゃんから教わりました。
釜餅づくりは専用のお米づくりから
釜餅に使っているお米は、釜餅専用のお米「やたのもち」が中心。大斎原の大鳥居前にある田んぼで本宮町内の提携農家さんが育ててくれています。もともとは普通の餅米を使っていましたが、農研機構さんとのご縁で新たな品種を開発することとなり、この餅米を試作したことがきっかけでした。
ただ、これが穂が長く茎も太く育てにくい品種。他の稲穂と同じ機械で刈れなかったりもして、正直農家さんは大変だと思います。でも餅にすると保水量が高くて、添加物を使わずとも柔らかさが一定期間長持ちするんです。歯ごたえもベタッとせずさくさくと歯切れがよい。そのため、今ではこの品種が釜餅には必要不可欠。需要がさらに増えれば、休耕地を利用して畑の環境を整えながら収量を増やせるんじゃないかと考えています。
地元のもので新たな味を増やしていこう
固くなると包めなくなるため、炊きたての米と国産よもぎを搗き込み、熱いうちに手袋を重ねて手早く包みます。この時のよもぎの濃さや量も豊かな香りと風味にとって重要なポイント。さらにあんは小豆の食感を残しつつ素朴な味わいに仕上げています。濃厚なよもぎの味と中の小豆あんとのバランスが、食感と共にこの餅の要と言っても過言ではありません。
最初はこの「よもぎ」だけでしたが、バリエーションを増やしていこうと、色美しい黒米を餅米に混ぜた「古代米」を考案。同時に、この辺りでは庭先にお茶の木が植わって、新茶の時期には釜炒りして茶粥を食べていたことから、地元農家さんのお茶を餅米の炊き水にして、刻んだくるみを入れた「くるみ」も開発。これで釜餅はそれぞれに色も味わいも違う3色が揃いました。
熊野の息吹を感じてほしい
現在釜餅以外に20アイテムほどを扱っています。しそや梅、じゃばら、餅米、お茶など、心がけているのは地域に古くから使われている原料をベースに何が作れるかを考えた商品開発。時々何屋さんですか?と言われることもあるんですが、何屋でもなく、商品の魅力を通じて地域の魅力を知ってもらいたいというのが一番にあります、その上で、景観や地域の人が楽しく働く場を作り、「熊野ってこんな息吹があるんだな」を感じてもらえれば。
釜餅も注文が増えた時期には機械化を考えましたが、このお餅独特の食感や味は手作りならでは。決して機械では再現できません。そのため大量生産はできませんが、蘇りの地、熊野のものを取り入れて、心も体も癒やしてもらえる、そういう商品を丁寧に作っていけたらと思っています。
有限会社 熊野鼓動
昭和60年創業。当初は「本宮町田舎の味友の会」という生産者グループとして地元を離れた子どもたちに送る「季節のふるさとセット」を作ることから始まった。
現在はしそ、梅、じゃばらを中心にした清涼飲料水や調味料、加工品などを製造販売。社名には「古道」と生命の根本的な営みを連想させる「鼓動」をかけ、熊野の素晴らしい遺産を受け継ぎながら未来に繋がる本質的な取り組みを目指したいという想いが込められている。
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