釣りの醍醐味が味わえる、紀州へら竿の技法を使った珠玉のバスロッド
世界遺産「高野山」の麓、和歌山県の北東の端に位置する橋本市。ため池の多いこの地では、明治時代から伝わる伝統工芸品「紀州へら竿」が今も作られている。紀州へら竿は、竹から作られるヘラブナ用の釣竿。繊細な動きが伝わるシナリの良いへら竿は、工程130以上のほぼ全てが手作業。1人の職人が約1年がかりで全工程を仕上げる。
その伝統的な紀州へら竿の技法で、竹を使ったバスロッドの制作を手掛ける「紀州へら竿和人」こと、田中和仁さん。この道25年、伝統工芸士の誇りを胸に、新しい取り組みを厭わない作家の現在地を聞いた。
振るだけで竹がルアーを飛ばしてくれる
紀州へら竿は、竹を使うことによる優しく大きなシナリと繊細な釣り心地が特徴です。一方でバスロッドはタフな使用にも耐える強靭さが必要不可欠。「竹でバスが釣れるの?」と半信半疑で聞かれることもあると言います。田中さんは「へら竿とバスロッドは、技法が同じ。強くなるように手元の株を大きく作るなど設計が異なります。一般のバスロッドと同程度のしっかりした強度が出ますよ」とにっこり。
竹の竿の気持ち良さは、投げる瞬間に感じられます。力を入れなくても竹のシナリの力を借りて思ったところに投げられるのだとか。天然素材のバネを生かしたルアーのキャスティングで「想像以上に飛ぶ」と驚かれるそう。田中さん曰く「振るだけで竹が飛ばしてくれる」。
また、竹の竿はカーボンに比べて肉厚で、手のひらにダイレクトに感触が伝わります。ルアーが水中で泳ぐ様子、魚がかかった時に、針が魚の顎のどこにかかったのか。そんなことまで分かることもあるのだそう。実際に手にして、釣りをしてみて初めてわかる、納得の釣り心地があるのです。
原材料となる竹、当たりは「1億分の1」
強靭さと繊細さを併せ持つ竹竿。原材料は真竹、高野竹(スズ竹)、矢竹。作家は材料となる竹を目利きするところから、漆で装飾した工芸品としての完成まで、全ての工程を1人で行います。
紀伊山地の標高の高い寒いところに自生する高野竹。近年は鹿の食害が激しく、強く曲がりのいい竹を見つけるのは一苦労です。山中に1日かけて分け入っても、たった2本しかいい竹が取れないことも。「感覚としては1億分の1くらい」と苦労をにじませます。「いいものを作りたい」――作家の執念とも言える強い想いで、道なき道に踏み込みます。切り出した竹は数年間乾燥保管し、さらに厳選したものだけを使用するのです。
伝統工芸品ながら道具としての使用にも耐えるものを
130以上ある製造工程で、最も時間と手間がかかり技術が必要とされるのが、竹を伸ばし矯正する「火入れ」の作業です。七輪でじっくり熱し、熱いうちに一点一点、根競べのように何回もたわめ、手作業で伸ばしていきます。ここで時間を惜しまず、まるで魂を吹き込むように竹と向き合います。
また、「紀州へら竿」は伝統工芸品でありながら釣り道具でもあります。丁寧に火入れをした後は時間をおき、過酷な使用状況を想定して暑さ寒さを経験させ、反りがないことを確認してから注文主に届けます。
注文主のこだわりを凌駕するものを
「へら竿やバスロッドには保証期間がありません、相談しながら、メンテナンスをしていきます」と話す田中さん。「作家ものの竿を求める人は、それだけ釣りや道具にこだわりの強い人が多いですね」。注文主のこだわりに叶うよう、妥協を許さない高レベルの技術で応えるのが作家の仕事だと話します。
田中さんは橋本市生まれ。幼い頃から釣りに親しんで育ちました。大手電機メーカーでシステムエンジニアとして勤務。その頃から凝り性で、プログラムの使い心地や、画面の美しさにもこだわりを持っていたと言います。仕事をしながらも、釣りの魅力には抗いがたく「理想の釣りができる竿を作りたい」という気持ちが勝り会社を退職、へら竿職人としての修業の道に入りました。
国内外に釣りの醍醐味を伝えたい
現在の活動時間は朝から深夜までに及びます。作家として励みながらも、父親として子育てをし、また地域の産業振興、伝統技術の保存、へら竿職人の後継者問題などにも心を砕いています。「技術を残し、継承していくためには、バスロッドなど異種の釣り竿をはじめ、ボールペンといった小物など様々なものに広げていくことも大事なのでは」と話します。
これからの展望について「バスロッドをアメリカやスペインなど、釣りの文化が豊かな国々に輸出したい」と語ります。YouTubeなどで発信する中で、海外で好評を得られるのは、「洋の品物に和の意匠」だと実感しているそう。国内外の釣り人に、釣りの醍醐味を届けるため、妥協なき制作は続きます。
紀州へら竿 和人「紀州へら竿和人」
田中和仁さん
橋本市出身の伝統工芸士。屋号「和人」。システム担当のビジネスマンだったが、釣りを愛するあまり、理想の竿づくりを追い求め「紀州へら竿」職人の道に。伝統工芸品のへら竿にもモダンさと「用の美」の観点を入れ、バスロッドやボールペンなど様々な作品づくりに取り組む。
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