艶めく漆黒の「黒竹」を守る継承者として
独特の美しい艶を帯びた漆黒。これが塗りによる黒でないことは、1本1本の繊細な色みの違いからも知ることができる。建材や伝統工芸品の材として重宝される希少な和の天然素材「黒竹」が育まれる日高町原谷地区。熊野古道の史跡も数多く残るこの地域は全国一の黒竹の生産地。時代と共に全国の産地がなくなり、地域の人たちも担い手不足から次々に廃業する中、一軒の竹材店が国内唯一の工房として紀州の黒竹文化を守り続けている。
残された一軒としてできること
明治初期からこの辺りで黒竹の植林が始まり、主たる収入源として竹やぶをどんどん増やした時期がありました。ピークは昭和60年前半のバブル後ぐらいでしょうか。その頃は地域に100軒ほどあった家庭のほとんどがなんらかの形で黒竹に関わっていたほどです。
黒竹の寿命は3年。1年目はまだ青く、3年目には枯れ始める。だから、伐るのは2年目のものだけ。商材として使えるのは竹やぶの中でもわずかです。そんなサイクルがある中で、10年ほど前、伐採後の竹やぶを振り返った時に来年採る竹がないことに気づいたんです。不作なのかと思ったらそうではなく、鹿に食べられていた。これは大変やと生産意欲のある人は侵入を防ぐ網を張ったりして対策を立てましたが、もともと高齢化が進んでいたことから、廃業が相次ぎました。結果的に残された一軒としてこの産業と文化を守っていかなければと思っています。
暦に土のつく日は伐らない
昔から「木六竹八(木は陰暦6月に、竹は8月に切るのが良いという意味)」と言われるように、伐採にも旬があります。このあたりだとお盆を過ぎて9月から2月ぐらいまで。春になると次のタケノコが生えるので、とにかくそれまでに出さなければ翌年に影響が出てしまう。伐採の日は虫が入ると言われる暦の「土」を外すため、暦と天気予報を照らし合わせて決めています。
いい竹の条件は太さより色が命。目視で7割以上色づいているものを一級品としています。またここで育つのは細い竹ですが、対して高知の種類は太い。黒竹と言われるものは全サイズ揃えておくために、高知の山も管理し、仕入れています。細いものは竹垣などの庭関係に、太いものは内装材などに使われていますね。あと1割が民芸品です。
火炙りは黒竹加工のクライマックス
伐った竹は主に2mにカットし、3mm単位で選別します。その後は天日干でいかに水分を抜くか。長く干し過ぎると割れることもあるため注意が必要です。そして、ここまでも重要なんですが、なんと言っても最終は火炙りです。作り置きはしないので、この行程はできるだけ出荷の直前に行います。
火力は900度前後。炙り加減が難しく、微妙に調整しながら火を通し、矯正時に使用する万力(まんりき)という道具で仕上げます。スムーズに布がすべらないと炙りが足りていない証拠。これは数をこなさないとわかりませんね。僕自身30年やってても失敗はあります。
火炙りをすると、竹の中の「ろう」が熱で浮き上がってくるんです。それを布で拭く作業が「汚れ落とし」「矯正」「ツヤだし」の3つの要素を担っています。竹を伐るところからこの炙りまで3ヶ月以上、最終1本の竹に20回ぐらい手で触る行程がある。それくらい手間がかかっているんです。
育ててくれた竹への恩返し
私で3代目。自分の中には特産品を守る使命もあるのですが、それ以前に「竹で大きくしてもらった」という気持ちがあります。だから、竹に関わって仕事をするのは恩返しの意味あいも強いですね。そんな想いの中で、息子が一緒にやると手を挙げてくれたことが心強かったです。最近は山間部ではなく平地で育てれば地域の人も関われるのではないかと考え、現在工場近くの田んぼで実験中です。
また端材を使って箸やボールペンなどを作ったりと、葉っぱ以外のものは全て商品にしています。焼却するのは容易いけれど、できるだけ商品の幅を広げたい。黒竹はニーズが変わって逆に希少性が上がっています。昔の状態をそのまま復活させることは難しいけれど、地域の人たちに関わっていただきながら伝統をつなげていきたいですね。
有限会社 金崎竹材店金崎 昭仁さん(3代目)、弘昭さん(4代目)
創業約110年。日高町原谷から広川町の境にかけて群生する天然の黒竹を加工販売する国内唯一のメーカー。先代までは間伐材を活用した足場丸太も扱っていたが、自然木の足場の減少に伴い黒竹専門に。地域全体で発展した黒竹産業の息吹を消さないよう、黒竹民芸品の手作り体験や黒竹製品販売などの取り組みも行っている。
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