一生愛用できる棕櫚箒「Broom Craft」
和歌山県海南市は、スポンジなどの家庭用品の生産が盛んな町として知られている。その源流を辿ると、棕櫚(シュロ)製品の製造に行き当たる。棕櫚はヤシ科の背の高い常緑樹。その外皮を束子や箒に加工するのだ。棕櫚箒や束子の生産が減り、スポンジなどに置き換わった20年あまりの歴史を遡って、「Broom Craft(ブルームクラフト)」のブランドで棕櫚箒の制作に取り組み始めたのが、創業70年余りの「深海産業」。伝統の棕櫚箒の製法に工夫を加えブラッシュアップすることで、製品の耐久性や品質をアップし、なおかつ若手や女性の職人も作りやすくなったという、そのストーリーに迫った。
きっかけは他工房からの依頼
深海産業が棕櫚箒「Broom Craft」に取り組んだのは2019年のこと。海南市で園芸用の棕櫚縄を生産して70余年、もともと「国産箒を作りたい」想いはあり日本全国の箒工房に足を運んでいました。そのうちの1軒から「職人である店主が急逝したので、箒の作り方が分かる者がいない。当時撮影した動画を元に、箒を作ってもらえないか」との依頼が舞い込みます。社員全員で残された現品の箒を分解、動画をもとに職人の箒の再現に挑み、数か月かかって無事成功させました。
「職人」のハードルを極限まで低く
この事例を端緒に国産箒の生産に乗り出した同社。しかし、指揮をとる深海耕司専務の心には、全国の工房で何度も聞いた老いた職人の呟きが刺さっていました。「わしの代で終わりや」――。1人の職人の技術に依存する従来の伝統産業のスタイルでは存続が難しい。そこで製造工程を徹底的に洗い直し、ステップごとの分業制を導入したのです。女性にも扱いやすいよう道具を改良するなど、一つずつ課題をつぶし、工夫を重ねました。名付けて「職人育成プロジェクト」。そして、パートタイマーとして働く主婦や社員たちスタッフから希望者を募り、職人として育成することにしたのです。
「変える」ことで伝統を守っていく
「職人」のハードルを極限まで低くしたことで、手を挙げた若手スタッフはたくさんいました。製法に関しても活発に意見を出し合い、伝統の技法に加え、より丈夫で長持ちする工夫をどんどん盛り込んでいきました。その中の1つが「トレシア」。イタリア語で「三つ編み」を意味するその技法は、まさに棕櫚を三つ編みに編んで締め上げること。おしゃれな見た目とともに耐久性も上がり、今や同社を特徴付ける技法となっています。他にも玉のところで棕櫚を折り返し抜けを防ぐ工夫や、芯を藁ではなくパーム (ヤシ)素材に変更するなど、現代のユーザーの使いやすさを追求。先端を尖らせた360°はける手帚も、スタッフのアイディアから生まれました。手間ひまをいとわず上質な国産箒を作っているにもかかわらず、分業制にして技法をシェアすることで、職人たちは4ヶ月ほどで棕櫚箒を組めるようになりました。
「箒」はなくならない
「掃除文化から『箒』はなくならないと思っています。箒は音もしないし電源もいりません。特に最先端のロボット掃除機との組み合わせは抜群で、ロボット掃除機を動かす前に箒や手帚で巾木や部屋の隅をはいておくと、短時間で隅々まできれいになります」と言う深海専務。 とはいえ、職人が手掛けた国産箒は安価ではありません。製造当初はニーズがあるのか不安だったそうです。 しかし展示会などで「国産の箒を探していた」「長く愛用できる箒が欲しかった」といったお客様の声を聞き「直しながら一生使える棕櫚箒」を作ろうと決意したと言います。
伝統産業を未来に繋いでいく
2024年春には、新しい工房兼実店舗が完成予定。輸送用コンテナを使ったインダストリアルなイメージの建物は、伝統産業の工房とは思えない雰囲気です。「お客様の一生ものの箒がどのように作られているのかぜひ見に来て、伝統産業の一端を体験してほしい」と深海専務。「若い職人が楽しそうに箒を作っている姿は、きっと従来の伝統産業のイメージと違うと思います。『変えることで伝統を守っていく』そんな私たちの姿勢から、棕櫚産業の町・海南の未来を見ていただければと思っています」。
深海産業有限会社深海産業「Broom Craft」
専務:深海耕司さん
少年時代は野球に打ち込み、25歳で家業に加わった深海産業3代目。モットーである「何でも1回やってみる」姿勢からトレシアの技法は生まれた。職人やスタッフとの抜群のチームワークで「Broom Craft」ブランドを推進。箒職人の雇用や、地域への内職の発注などで地域創生の一助となりたいと話す。
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