西畑の土が育んだ伝統野菜“太い”ゆえの美味さあり
幻のはたごんぼ
和歌山県の北部、高野山の麓の橋本市西畑地区。そこが『はたごんぼ』の故郷です。「はた」は産地の「(西)畑」を指し、「ごんぼ」はゴボウ。つまりは西畑で採れるゴボウのこと。特徴的なのはその圧倒的な太さで、直径は5~6cmに及びます。
江戸時代から西畑地区でつくられ、ご馳走として珍重されていました。しかし近年ではごく一部で、自家用に細々と栽培されるのみ。まさに“幻”の野菜となっていたのです。
「柔らかくて、香りが良くて、味わい深い、あの美味しさを多くの人と分かち合いたい」
地元の人たちの熱い思いが、『はたごんぼ』を見事に復活させました。
太さの秘密は西畑の赤土
実は、はたごんぼは特別な品種ではありません。西畑の赤土で栽培することで、ゴボウが丸々と太くなるとのこと。なんとも不思議な話です。
「よくわかりませんが、この粘り気のある土壌はゴボウにとって大変なストレスのはず。そこを乗り越えて育とうというギリギリの環境が、太さや凝縮した旨味、独特な香りを生むんじゃないですかね」
そう語るのは、農事組合法人くにぎ広場の素和(そわ)治男さん。2008年から始まった、はたごんぼ復活プロジェクトの中心メンバーです。
しかしこの土の特徴は、同時に栽培の際の大変な重労働を意味します。植え付けも収穫もその粘り気のある土を1m以上も掘り起こさなければなりません。
「昔はここらでは、『(西)はたには婿にやるな』と言われたものです。はたごんぼをつくるので、しんどい作業が待っているから(笑)」(素和さん)。
掘り起こす土の量を減らす工夫として、はたごんぼは傾斜地で栽培されていましたが、それでも生産者は減る一方。地元でも口にする機会がなくなっていました。
「はたごんぼは、美味しかったねぇ?」というお年寄りのつぶやきが、聞こえてくるばかりだったのです。
圧倒的な太さに注目。「こん棒じゃないよ、ごんぼだよ」と声をかけられました。
しかし素和さんたちの「はたごんぼを食べたい、みんなに食べてもらいたい」という熱く素朴な思いが、徐々に周囲を巻き込み、プロジェクトの輪は大きく広がっていきます。県や橋本市、さらには農機具メーカーの井関農機の協力により、はたごんぼ用に適した掘削機や収穫機械を導入。平地での栽培が可能になり、徐々に生産量を上げています。
柔らかい食感と華やかな香り、そして深い味わい
では、はたごんぼの味はというと? 煮付けたものを実際にいただいてみました。
太いゆえに中心部が普通のゴボウにはないボリュームがあり、そのせいかゴボウというよりお芋に近い柔らかな食感。しかし味と香りは圧倒的にゴボウ! ちょっと表現に困ってしまいました。この個性と素晴らしさは、今や料理研究家や大阪方面の料理店からも注目を集めつつあります。
取材の際につくっていただいた「はたごんぼ寿し」。
中心部をくり抜き、そこに酢飯が詰められています。
はたごんぼならではの料理ですね。
平成26年度のプレミア和歌山推奨品審査委員特別賞を受賞した『はたごんぼ』。その独自性や希少性だけでなく、商品を通じて地域活性化を目指す取り組みも評価されています。
確かに生産者の方々の『はたごんぼ』を語る時の嬉しそうな口調は、まるで自慢の息子や娘のことのよう。 “西畑の誇り”は、地域を見事に活気づけていました。
(2015年11月取材)
農事組合法人 くにぎ広場・農産物直売交流施設組合
収穫が始まったばかりの、はたごんぼの畑にて。
後列、左から、くにぎ広場の素和治男さん、萱野憲一さん、岩橋久和さん。
そして、くにぎ広場加工部の女性陣。